top of page

   「みずをこふ」

 

 

ひらがなの「ふ」が游いでいる

紙の上をひらひらと

「ふ」が游いでいるのだ

知恵遅れの子供が気づいてゆびを差し

大人はため息をつきながら

あらゆるひらがなは

実は金魚なのだという事実を

また見逃す

 

ひと握りの上手くやった金魚たちは

図書館でぐっすり眠っている

たいていの金魚たちは

落ち着かない本屋に暮らし

ある金魚たちは新聞の紙面に派遣され

いくら游いでも

明日はゴミ箱に捨てられる

ビルの屋上にそろえて置かれた靴の下

手紙の上で震えながら

読まれることを待ちながら游いでいる

そんな金魚もいる

 

はみ出した金魚を

金魚すくいが狙っている

書けなかったことが

住むべき紙を持たないルンペン金魚になって

吐きたくて吐けなかった本音が

そんな金魚になる

 

夏祭りの金魚は

最後の力を振りしぼり逃げまどう

すくわれるのか

すくわれればすくわれるのか

おまえなどに飼われるものかと

逃げまどう

 

図書館に眠る金魚はいいだろう

力強くはっきりとしていて

いいだろう

僕たちは弱いから

口をぱくぱくしながら空気に溺れ

いつだってこんなところにたどり着く

ふるえていても細くても

僕たちは文字になりたかった

 

僕は水を乞う

すくわれ損ねて落ちた地面の上で

僕は水を乞う

水は何処だ

水は何処だ!

いっそそれは雨でもいい

二度と降り止まない雨よ降れ

僕は水を乞う

© Masaki Inoue.
bottom of page